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オーデ・オフィス

コロナ禍で日本のビジネスマンの勤務形態は大きく変化している。もう完全に元へ戻ることはないだろう。リモートワークが世界的に広がりを見せ、日本でも在宅勤務と出社のどちらでもいい企業が増えている。
そのような中、英国ガーディアン紙は、この一年をリモートワークで凌いできた社員にオフィスの香りがするキャンドル「オーデ・オフィス」をプレゼントするユニークな米国企業R/GAを紹介している。
一番人気の香りは、「Warm 96-page deck left on the printer」と「Afternoon rush at the coffee bar」の2つだそうだ。名前も面白いが、両方ともオフィスの中の匂いなのだ。
米国企業に勤めた人なら誰でも知っている「プリンターに残された紙とインクの独特の匂い」や、「昼食後に混み合うパントリーから漂うコーヒーバー独特の香り」をキャンドルで再現したものだ。
「完成品は必ずしも良い香りとは言えないが、会議室に長時間こもった同僚達の匂いが懐かしい」という深層心理が企画の原点で、それを再現するのがゴールだったということらしい。
リモートワークに欠けている「同僚たちと共有する時間」が、働くモチベーションとしていかに大切だったかを示している。
ところが日本では、「匂いキャンセリング機能」が開発されるなど、絶対無臭の環境が好まれる傾向がある。この感覚は彼我の大きな違いだ。「無臭、無菌」を日本人は大切にして、匂いと香りを作業の効率アップに使おうという意識は薄い。
香りは人間の気分に大きく影響を与えることが、最近の研究で分かって来ている。人の置かれた状況に対して、アルゴリズムで香りを最適化し、VRや触覚技術などと組み合わせることで作り出したデジタル嗅覚は、ビジネスシーンやエンターテインメント世界の可能性を「劇的に変える力」を持っている。
嗅覚は人間の最も原始的な感覚でもあり、食べ物を探したり、危険を察知したり、病気を発見したりする動物的本能と直結している。
スポーツ界では更にダイレクトに選手のコンディションに作用する。香りでフェロモンを発散させて楽しむ人種と、気持ちを落ち着かせる両方の人種がいる。オリンピックの選手村や各競技場の匂いと香りのコントロールは、日本人が思う以上に重要と思う関係者もいる。
コロナ禍の祭典として、とにかく安心・安全に競技を進行して無難に終わらせようとするJOCと、やるからには世界紛争の代理戦争手段としてエネルギーを発散させ、平和を維持しようとするIOCとでは、その意識に大きな隔たりがあると言わざるを得ない。
選手村の「オーデ・オフィス」はどんな匂いになるのだろうか。まさか「無臭」では、世界から集まる戦士達は満足しないだろう。

| 21.06.25

聖徳太子

「聖徳太子」は日本最初の女性天皇推古天皇の皇太子であった「厩戸皇子(574-622)」(豊聡耳皇子ともいう)の諡(おくりな)だとされている。令和3年(2021)は太子の1400遠忌にあたり、法隆寺での盛大な法要に加え、それを記念した奈良国立博物館での「聖徳太子と法隆寺」展(4月27日から6月20日)がコロナ禍にも拘らず人気を博している。
聖徳太子は574年、用明天皇(不明-587)と穴穂部間人皇女の間に斑鳩で生まれている。両親が共に欽明天皇(509?-571)の子であるため、異母兄妹間の子となる。また推古天皇(554-628)も欽明天皇の子であり太子にとっては母方父方両方の叔母となる。更に推古天皇の母は、摂政として権勢を誇った蘇我馬子の姉の蘇我堅塩媛である。権力に繋がるその濃過ぎる血縁関係に守られ、太子は仏教の日本への浸透を図って律令国家の基礎を作っていく。
一方太子の長子である山背大兄王も異母妹の舂米女王と結婚、現代から見ると驚きの近親婚だが当時の天皇家とその周辺にとっては必然の選択だったのだろう。血筋以外は信じることができない激しい権力抗争の様相が垣間見られる。
太子は数々の仏教の経典を解説した法華義疏などを著し、冠位十二階や憲法十七条などの制度を整えることで後世に続く日本国の文化的基盤を築いた。607年には法隆寺を創建、622年2月22日に没する。その後大化改新(645)を経て日本国が成立していく。
太子が創建したと言われる法隆寺は、梅原猛が「隠された十字架-法隆寺論-」で提起したように多くの謎を秘めている。中門の真中の柱、金堂の三尊、塔の実際の高さと「資材帳」に書かれた高さとのくい違い、奇怪な顔の久世観音と、その異常なまでの秘密隠蔽への意思など尋常ではない。
1400遠忌にあたり奈良国立博物館がこれら「聖徳太子と法隆寺の謎」に迫るかと期待したが、その期待は裏切られた。従来の太子信仰を解説する保守的なものにとどまっている。
100年前の1300遠忌では、寺を維持するのに苦労していた法隆寺の再興にあの渋沢栄一が尽力している。「遠忌」を国を挙げての法要とし、聖徳太子は信仰の対象から「歴史上の偉大な指導者」としての側面が強まった。今回の1400遠忌の記念展覧会の解釈も、渋沢栄一が示した太子像からの逸脱はない。太子の肖像は過去発行された日本銀行券で最も多く使われ、国民の間には「聖徳太子はお札」というイメージが浸透している。
2024年には一万円札の図柄が渋沢栄一になることが既に決まっている。「日本資本主義の父」を「日出処の天子」に重ね合わせているようだ。
今更「神(紙)頼み」でいいのだろうか。

| 21.06.18

senpai

ここのところの日本や韓国スポーツ選手の米国進出には目を見張るものがある。先週の全米女子オープンでの日本人同士のプレイオフも凄いが、野球メジャーリーグでの大谷翔平選手の活躍も話題をさらっている。2番・ピッチャーで先発するリアル二刀流が実現、ホームランでリーグ1位の選手が先発投手をつとめるのは1921年6月13日のベーブ・ルース以来なんと100年ぶりの快挙だといい、当然地元のファンも多い。
そんな大谷選手へスタンドから「先輩(senpai)、私に気づいてください!」と日本語でメッセージを送る現地の女性ファンの姿が話題になった。
“senpai(先輩)” を画像検索してみると、“Please notice me, senpai”、“SENPAI NOTICE ME!” などと書かれたイラストが多く出てくる。
アメリカの“senpai”は日本の漫画やアニメの影響から、どうも「憧れの先輩」「自分の気持ちに気づいてくれない人」という恋愛系の意味で使われているようだ。
韓国語でも最近全米に知られ始めた言葉がある、「naeronambul(ネロナムブル)」だ。「自分がすればロマンスだけれど、他人がすれば不倫」という意味の造語で、自分や身内に甘く、外の人間には厳しいという韓国独特の二重基準を指す言葉だという。
英語ならさしずめ「ダブルスタンダード」だが、それでは韓国語の真の意味は伝わらない。そのニュアンスを表すためにニューヨーク・タイムズ紙はアメリカ人の読者に向けて敢えて「naeronambul」と韓国語そのままに表記、英訳しないことが肝要だ。
アジアのサブカルチャーに触れたいという世界の若者のニーズは、日本人が思う以上に大きい。ワクチン接種を終えた若者は、国際的な文化・スポーツイベントの再開を待ち焦がれている。
日本がG7入りし経済力で影響力を持った時は、欧米社会から“黄禍”として文化的な反発を食らった。その後経済的に普通の国になった途端?に世界が日本のエキゾチシズムと同期してきたのは面白い。
オリンピックに海外からの観客が来ないのは残念だが、警備を厳重にして観客が入ればいいというものでもない。ものすごい警備の中30分でコンサートが終わった1966年ビートルズ初来日公演を思い出す。
コロナ禍は一種のバイオテロだ。目に見える実弾戦争の時代は終わり、世界はハッキングやバイオテロが横行する次のフェーズに移っている。一方若者たちの間では“senpai”のように言葉の壁を超えた異文化の融合が普通のことになってきた。
他国の観客から「senpai, notice me!」のようなメッセージが出てこそオリンピック開催の意味があるのだろう。
経済復興のためというのはG7の為政者の幻想だ。

| 21.06.11

次世代原発

先週IHI(石川島播磨)が、日揮ホールディングスに続いて次世代の小型原子力発電事業に参入すると発表した。両社は米国の原子力ベンチャー、ニュースケール・パワーに出資し、米国での「小型モジュール原発(SMR)」に中核機器を供給する予定だという。
日立も米GEと組んで日立GEニュークリア・エナジーを設立、SMRの開発を進めている。
東電福島第一原発の事故をきっかけに日本では原子力産業が行き詰まっている。米中露はそんな日本を尻目にちゃっかりと、「ゲームチェンジャーになれ」とばかりにSMR開発に邁進しているのだ。韓国の斗山(ドゥサン)重工業も米国で独自設計のSMRの認証を取得し、日本より一足早く実用化を狙っている。
米国だけでも10以上の原発ベンチャーが次世代型SMRの開発にしのぎを削っている。今まで世界で主流だった150万KWを超える「加圧水炉型原発(PWR)」に比べ、SMRの出力は僅か6万KWと小さく、炉心の大きさは約20分の1で開発スピードも早い。
先行するニュースケール・パワーは、オレゴン州立大からスピンアウトして2007年に設立された大学発ベンチャーだ。

日本の大企業が古いPWRの廃炉に30-40年かけている間に、米国の若いベンチャー企業や韓国、中国はSMRの開発で先行していくだろう。
ビル・ゲイツも次世代原発を開発するテラパワ一という企業に出資し、5年後の試験運用を目指している。彼は「気候変動への対処には原子力が理想であり、事故のリスクは技術革新により克服可能」と誤解を恐れず大胆に発言。さらに「SMRは米国の過去の核廃棄物である劣化ウランを使い、小型で燃料交換が要らず、米国の電力需要を800年以上に亘って安全に賄うことができる」と訴えている。
日本政府の「エネルギー基本計画(エネ基)」が今年改定されるが、既存原発の再稼働をベースにしようとしていて歯切れが悪い。案の定4月末には老朽化した美浜原発3号機と高浜原発1、2号機の再稼働を福井県知事が認めている。
日本は唯一の戦争被爆国であり、戦後原子力の平和利用を掲げて米国のPWR型原発を率先して導入した国だ。そして福島の事故後、原発解体の重荷を一身に負わされている国でもある。
太陽光・風力発電等再生可能エネルギーの活用は大いに進めてほしい。しかし旧型原発の再稼働を進めるぐらいなら、ビル・ゲイツの思惑とは別に、過去の核廃棄物の処理と並んで環境に配慮した未来志向の次世代原発を考えることができるだろう。
かつて原発先進国だった日本は世界の次世代エネルギー産業をどう導くのか?政府のセクシーなプランをぜひ聞きたいところだ。

| 21.06.04

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