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神対応

北京オリンピック開催中にフィギュアスケート日本代表の羽生結弦選手の会見での心遣いが「神対応」として注目を集めた。
羽生選手は質問を受けるたびに「ありがとうございます」と応じた。自身の厳しい結果にもかかわらずフィギュアスケート界の第一人者として丁寧に受け答えすることで、質問者に感謝の気持ちを伝えたのだ。成績は4位だったが結果として双方が満足する対応が評価され、特に中国の視聴者にはネット上で大きな感動を呼び話題に。それが「神対応」と言われた所以だろう。
このことばは本来企業のクレーム処理等で、驚き感心するほど気の効いた対応や、心配りの行き届いた対応への最大級の評価を表す表現だ。つまり「神対応」と呼ばれる行為は、結果として両者が満足するWin-Winな状況を作り出すものだと言える。
しかしここ数年若者の間でよく使われる「神」はほめ言葉を強調するもので、「とても」や「超」の代わりに用いられるようだ。こうした「神」の使い方を初めて取り上げた「現代用語の基礎知識2017年版」では、「何かのレベルが神の領域であり超すばらしいこと」と解説しており、「神曲(かみきょく)」や「神ゲー(ゲーム)」、「神ってる」などと使われるている。
江戸時代の国学者・本居宣長が「日本の神とは、人間にあはれと感動を与えるもの」と定義している。周りのもので通常より優れていればみな「神」とするのは、昨今の「神」の使われ方のルーツなのかもしれない。
一方キリスト教などでは「神=God」という単語を乱用することを良しとしないようだ。“Oh my God!”いうフレーズを、発音が似た“gosh”に置き換えたりするのはそうした理由だとか。「神対応」も、“attentive response”や “warm-hearted response”などと英訳されている。
ところでフィギュアスケート女子シングルで、フリースケーティングの最終滑走者としてドーピング疑惑の渦中にあったカミラ・ワリエワが演技を終えた時、米TV『NBC Sports』の解説者ジョニー・ウィアーは、「Thank God」とつぶやいたそうだ。
ワリエラは愛称が「カミ」だそうだが、その「カミ」は競技後コーチのエテリ・トゥトベリーゼの詰問に対し、「これでセレモニーが中止になることはないんでしょう」と口にしたらしい。
同じオリンピックの中で起こった、あまりにも悲しいもう一つの「神(カミ)対応」だ。

| 22.02.25

マリトッツォ

生クリームをパンにたっぷり挟んだローマのお菓子「マリトッツォ」が昨年から巷で人気を博している。
楕円形のパンの切り込みに生クリームをギッシリ詰めたローマ名物「マリトッツォ」は、イタリアではバールのカウンターで立ったままコーヒーと合わせて頬張ったり、少しコーヒーに浸して食べたりするシンプルな朝食の一つだ。
インスタグラムで「#maritozzo」を検索するとありとあらゆる画像が出てくる。そのほとんどが日本人の投稿であることにイタリア紙「ラ・スタンパ」が驚いている。カフェや洋菓子店だけでなく、おやつに食べられるように包装された「マリトッツォ」がコンビニの店頭に並んでいるのを知って、「生クリームがどのようにフレッシュさを保つのか疑問だ」とも指摘する。しかしそうした声をよそに、日本のデパ地下ではご飯にネギトロを挟んだ「寿司トッツォ」なるものまで登場しているのだ。
「マリトッツォ」の次なるヒットは、同じくイタリアの国民的スイーツ「ボンボローニ」になると噂される。日本人はどうしてここまで他国の伝統的スイーツを自分のもののように愛せるのだろう?
スイスの多国籍企業「ネスレ」から世界へと広まった「キットカット」も同様、もとはイギリスで誕生したチョコ菓子だ。日本市場に入ってきた当初は苦戦を強いられたものの、「キットカット」が「きっと勝つ」の語呂合わせとして広まるや、幸運の印として神社やお寺のお守り札の代わりにまでなった。現在ではご当地ものも加わって300種類以上のフレーバーが開発され、スイスのネスレ本社には到底理解できない、すごい展開になっているのだとか。
世界各国は独自の食、旗や言語、民族衣装といった「文化的記号」を大事にすることで、自国の独創性や民族的な一体感を明確にしようとするが、それがもとで紛争になったりもする。
しかし日本においては食の示すアイデンティティが恐ろしく流動的で曖昧だ。「マリトッツォ」ブームも「キットカット」も、日本人の異文化への果てしない寛容性を示している。
原爆を落とされてもアメリカを受け入れよう?と努力する国の「マリトッツォ」好きに表れる感性は極めてユニークだ。戦時中の日本の侵略を今も忘れず融和できないでいる隣国とは正反対だ。
明らかに日本を嫌っている国のドラマを、レギュラー番組としてプライムタイムに何本も放送する国は世界的に見ても珍しい。
この寛容なる鈍感力は世界平和に貢献しているのか?いやその逆なのか?

| 22.02.18

バ美肉

昨年10月にfacebookが「Meta」へと社名変更したことで、バーチャル空間「メタバース」が一気にバズワードになった。世界的にユーザーには一種のオタクが多く見られ、日本では今「バ美肉」という言葉がトレンドになっている。
「バ美肉」(バーチャル美少女受肉)とは、美少女のアバターを纏って美少女風に振る舞うことを意味する。アバターのキャラクターになりきるためにボイスチェンジャーを使って可愛い声にしたり、さらには声帯を鍛え地声で女の子のような声を出したりする。
昨年12月にメタバース「cluster」上で開催されたライブイベント「バ美肉紅白2021」では、出演者全員が「バ美肉」らしく女声への変換技術を競った。機械的に変換するボイスチェンジャー組と、発声技術により変換する両声類組の奇妙な戦いが繰り広げられたのだ。
メタバース空間では現実の性や年齢を超越し、自分の理想の姿で過ごすことができる。現在はユーザーの7割が女性型アバターを利用、「メタ人生」を現実の肉体とは違う別人間として過ごす欲求が高いようだが、それ故の苦労もありそうだ。
こうしたメタバース市場はまだ開拓の口火が切られたばかりだが、10年後には100兆円市場に迫るとの予測もあり、米NVIDIAなど有力IT企業が続々参入してきている。
Microsoftも過去最大の買収に動き、米ゲーム大手Activision Blizzard, Inc.の獲得に687億ドル(7.8兆円)を投じたが、ソニーグループも人気のシューティングゲームを手がける米ゲーム会社Bungie, Inc.を4100億円で買収したばかりだ。
一方、年頭に米ラスベガスで2年ぶりに開催された家電見本市「CES」では、電気自動車や家電製品などと並んで出展されたメタバース関連製品が目立った。
例えばスペイン企業が発表したゲーム用のシャツは、装着すると仮想空間で撃たれた時の衝撃が感じられるという。「痛くはないが、体の中に弾丸が入ってくるような感じ」があるそうだ。メタバースでの味覚や触感の再現実験も進んでいるらしい。
1990年代以降に生まれたZ世代はスマートフォンやSNSを通じて社会とつながり始めた世代だ。2010年代以降のα世代はiPadを生まれながらに標準装備し、それをインターフェースに他人のいる「社会」を体験し、バーチャル空間で友達を見つけたりしてきた。
β世代以降は、リアルな肉体とは一体何なのか?と考え始め、人類の未来をリアルな肉体無しに想定していくのかも知れない。

| 22.02.04

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