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本人確認

中国で話題になったTVドラマ『長安二十四時』(The Longest Day in Chang'an)だが、日本でも2020年4月11日からWOWOWで放送されている。馬伯庸による歴史小説『長安十二時辰』を原作に動画配信サービスの Youkuが2年の歳月をかけて制作し、2019年6月27日から中国で放送がスタート。そのスケールの壮大さで一気に話題になった。
「712年に唐の九代皇帝の座についた玄宗の治世前半は「開元の治」と称され、唐の絶頂期となる。しかし740年に楊貴妃を迎えてからはその美貌に溺れ、政治は乱れ唐の都長安には陰謀が渦巻くこととなる。」
「744年、長安の治安を守る靖安司の責任者・李必(モデルは唐の宰相李泌)はテロ集団が城内に潜入しているという情報をつかみ、張小敬(モデルは歴史書『安禄山事跡』の同名人物)に目を付け捜査係に任命する。」
「やがて張小敬は、上元節(旧暦正月の15日)に長安で爆破テロを計画しているテロ組織があることを探り当てる。果たして張小敬らは、タイムリミットの24時間後までに長安を救えるのか?」というストーリーだ。
実際の歴史では、玄宗と楊貴妃の寵愛を受けた安禄山と楊貴妃の親族楊国忠両者の寵愛をめぐる争いが激化、ついに755年に安禄山が「安史の乱」を起こして長安に迫る。軍事力では長安を守れないと判断した玄宗らは、蜀の地をめざして逃亡する。
ドラマでは、衛兵が逃げる聖人(玄宗)の顔を知らず本人確認ができなかったことで聖人は生き延びることができた。だがその反面、着の身着のままで護衛の兵もなくさまよう聖人は、いくら自分は皇帝であると言っても信じてもらえず、不審者として扱われ食べ物も貰えない。
唐の皇帝といえども「本人確認」ができなければただの不審者なのだと、妙に納得させられてしまう。それから1300年、現代中国はスマホの発達と共産党一党支配による強い強制力のもと、とうの昔に「本人確認」とそれに伴う個人監視制度を獲得している。
日本は「非常事態宣言」の浸透すら憲法13条の存在故にままならず、「マイナンバーカード」を国民の義務として持たせることにも失敗した。
デジタル庁の発足と成功を担保するのが、正確な「本人確認」とデジタル通信上のセキュリティー確保であることは明らかだ。
マイナポイントの付与で安易にIDカードを普及させようとする前に、デジタル庁新任大臣の合宿で『長安二十四時』を全員で観るなどして、「本人確認の原点とは何か?」、を先ず議論してみては如何だろうか。

| 20.09.25

アコード

2020年2月20日、10代目となるホンダの新型アコードがついに日本に上陸した。実はこのアコードは既に2017年にアメリカでデビューしている。2018年には中国で、2019年からはタイを中心にアジア圏でも販売されており、日本には実に3年遅れでの登場ということになる。
1976年にシビックの上級車として初代が誕生して以来、アコードはホンダの世界戦略車として120を超える国と地域で人気を博してきた。累計で2000万台を販売してきたが、日本では何故か売れなくなって久しい。
2019年の世界販売台数は59万5千台である。アメリカで26万台、中国でも21万台売れている。しかし日本では5000台にも満たなかったことから3年遅れでの新型車導入となり、2020年の日本国内販売目標は何とわずか3600台だ。
この悲惨な数字は日本マーケットがガラパゴスだというよりも、上昇志向のある中間層がもはや日本にはいないことを示唆しているのか。冷静に見るとこの数字の裏に、中間層がいなくなり富の配分が二極化している現在の日本の社会構造が透けて見えてくる。
結果として、アコードを日本マーケットに積極投入してこなかったホンダの戦略は正しいと言わざるを得ないだろう。失われた30年とアベノミクスの失敗で、日本からグローバル志向の中間層が駆逐されたことを再認識させられる。
アコードの歴史は世界で野心ある中間層を追いかけた歴史だとも言える。アメリカ上陸後、GMやフォードのミドルクラスセダンを駆逐し、BMWが築いてきたインテリ層御用達のイメージを奪取したのだ。そして今世紀に入り中国とASEANの経済成長に合わせて台頭する中間層をターゲットとし、中国やタイでも伸びてきた。アコードのグローバルプライスは日本円で約500万円と、新興国にとって決して安くはない。
翻って日本でのホンダは軽自動車N-BOXが絶好調である。素晴らしいスペースユーティリティーを持ちパワフルで高品質だが値段は150万円前後。ターゲットは安心安全を求める大人しい安定志向マーケットと割り切っている。
折角F1でホンダPUが勝利しても、日本ではそれを称える人たちは僅かだ。2代目NSXも既にアメリカ製だ。ホンダはそのアメリカと中国で生き残るためにGMと手を組むことを決めた。
GMの新型コルベット(C8)が突然ミッドシップになって売れまくっているらしいが、NSXにそっくりなことには笑ってしまう。
アコードはもはや日本の車ではない。言うなれば新天地に移民した日系3世というところだろうか。DNAに日本の革新性は残っているが、日本語はとうの昔にしゃべれなくなっているのだ。

| 20.09.18

ソロキャンプ

「ソロキャンプ」という一人でするキャンプがブームだそうだ。「ヒロシです」のフレーズで大ブレークしたピン芸人ヒロシが、YouTubeの「ヒロシちゃんねる」で自ら撮影、編集した「ソロキャンプ」動画をアップしている。家族や友達とワイワイやるものだと思っていたキャンプのイメージが変わった。
8月に出版された「ヒロシのソロキャンプ」(学研プラス)は既に3刷まで決定しているそうだ。新型コロナウイルスの感染拡大で「群れる」ことへの疑問が広がっている?
ヒロシはこの本の後書きで、「みんなで」という言葉から解放され、「ソロキャンプ」で自然体の自分を取り戻したと語っている。
ソーシャルディスタンスが求められるアフターコロナ社会で、群れない「ソロスタイル」が改めて注目され、就職や結婚や住宅探しなどさまざまな局面で、個人が居心地よく生きるための「ソロ」の選択が時代の流れを作り始めているようだ。
「ソロ」は決して孤独を意味しない。まずは自分自身で考え相手の「ソロ」も尊重することで、『お互い様』という新たなソサエティが生まれている。
短い夏休みも終わり、小中学校の登校が再開されたが、大学は対面授業の解禁に慎重だ。感染の収束が見通せない中、秋からの新学期も授業のオンライン化を模索する大学は多く、東京大学では既に2021年度以降も遠隔授業の計画的な導入を検討しているそうだ。
オンラインコミュニティー作りで「リテラシー格差」が浮き彫りになる一方、リモートのおかげで「同調圧力」が減ったことで個人の自立現象も表れてきている。対面では体や声が大きい人の前で萎縮してしまうが、リモートだとしっかり発言できるというのだ。
これまでの日本社会では、周りに自分を合わせないとつまはじきにされるという恐怖心が常に存在していた。同調することを優先し、カラオケや呑み会も自分が行きたいというより「付き合い」と割り切っていたのかも知れない。「ソロ」が基本のリモート社会は「付き合い」からくる不要なストレスを減らし、若いスタッフも発言しやすくなった。
ところが驚くべき反動現象も起きている。なんと、Zoomがリモート会議参加者の並び方に「上座」を設けたのだ。「上座」は画面が大きい。画面上で平等になることをよしとしないクライアントがまだまだいるというのか!?
党員の声を幅広く聞くことをよしとしない日本の派閥政治にも、Zoom画面の上座発想と同質なものを感じる。イノベーションには、派閥への同調圧力を跳ね除ける「ソロ」力を持つリーダーが必要だ。

| 20.09.04

世界アニメ共栄圏

Netflixからスタジオジブリの21作品が、日本、アメリカを除く世界191ヵ国で今年2月から順次翻訳配信されている。既に別ルートで配信されているアメリカを加えると、ほぼ全世界の人がジブリ作品に自国語で接することが可能なのだ。これは日本発コンテンツとしては画期的なことだ。
日本のマンガ出版は、全世界で4億7000万部の「ワンピース」を筆頭に億を超えるタイトルがいくつも存在し、今や一千万部越えも100タイトルを下らないという。
日本の子供たちは生まれた時からアニメに取り囲まれて育つ。「となりのトトロ」を子守歌で聞き、「崖の上のポニョ」を楽しげに鼻歌で口ずさみながら大きくなる。戦後世代がビートルズを聴いて育ったように?
「千と千尋の神隠し」や「魔女の宅急便」で少女の旅立ちと自立する姿に共感する。「紅の豚」ではカッコいいことにこだわる男のロマンを学び、「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」で世界の環境問題を学び、「ハウルの動く城」や「風立ちぬ」で戦争の無意味さを考える。
義務教育は国の礎であるが、歴史教科書が戦争責任などの記述を巡って迷走する中、マンガやアニメはテレビや映画、ゲームに自由にリメイクされて拡大し、NintendoやソニーPlayStationを通じて世界に浸透していく。現代日本人の思考スタイルや社会への共感は、ソフトパワーとして世界の同世代人に瞬時に共有されている。
かつて手塚治虫は「自分はマンガを描くのではなく、マンガという言葉で世界に語りかけているのではないかと思う」と語ったが、日本の戦後世代は教科書よりもマンガで世界情勢や未来を学んだと言っても過言ではないだろう。
中国人は「三国志」に詳しい日本人が多いことに驚くという。日本人は教科書からではなくアニメの『三国志』を見て、さらにあらゆる三国志ゲームをプレイし尽くすことで、中国人も知らない魏蜀呉の時代を熟知するに至る。
江戸時代、寺子屋教育の充実によって平均値で庶民の粒が揃ったことが強みになり150年間発展した。衰退したとはいえ日本はまだ経済大国だ。ところがその蓄えも使い果たしつつある。台湾や朝鮮半島の割譲を受けた時、日本人の識字率は圧倒的だったが、ITリテラシーに関しては今や彼の地に逆転されているようだ。
しかし、日本国政府が教科書検定で日本の姿を描き切れないうちに、日本のマンガやアニメは国境を越えて世界中でその価値観が共有され、学校教育を遥かに超えるスピードで日本発の文化共栄圏を創りつつある。
マンガを愛読していると自慢するロートル政治家がいたが、早くその座をアニメ世代に渡した方がいいだろう。次世代の日本人は、想像する以上に国際的だ。

| 20.09.04

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