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楽天的性善説

三島由紀夫は1969年刊行の『若きサムライのために』の中で、「契約書は、人を疑い、人間を悪人と想定するところから生まれてくる」と「性悪説」理解の必要性を若者に説いた。
古代中国の思想家「孟子」は、「人は本来“善”であり、努力次第で立派になり得る」という「性善説」を説いて人間の本質に迫った。
孟子の教えは、逆に言えば「人は本来、善に生まれついているが、放っておくと悪に向かう可能性もある」というものである。多くの日本人が考える「人は本来、善に生まれついているので放っておいても安心」という楽天的な考え方ではない。三島も孟子も、実は同じことを言っているのだろう。
日本人は世界でも例外的に楽天的「性善説」を信奉している国民だ。しかも根拠なく。一方、欧米および中国は「性悪説」を基に、将来生じる可能性のあるあらゆるリスクに備えようとしている。
新型コロナウイルスCovid-19への各国の対応を見ていると、さながら欧米と中国が“バイオテロ”を仕掛けあっているかのようにも見える。
Covid-19が「人為的に開発されたものである」との真偽や妥当性はともかく、“バイオテロ”は爆発音も破壊もなく静かに「恐怖」で生命と財産を脅かす神経戦だ。発生国と疑われる中国に続きイタリアを恐怖に陥れ、欧米「性悪説」諸国は半狂乱だ。
アジアでは、「性悪説」で事態の鎮静化を図ろうとしている代表がシンガポールだ。高度に欧米化されたアジアの優等生は、入国禁止国から帰還した自国民に対しても2週間の隔離を“強制”し、破ると1万Sドル(約80万円)もしくは6ヶ月の収監を課す。その甲斐あってか、封じ込めに成功していると言える。
対照的に、「楽天的性善説」をとり連休に花見をしている日本の数値も悪くはない。ダイヤモンド・プリンセスでの感染者対応は世界から大きな批判を浴び、欧米諸国は日本がオーバーシュートすることを暗に期待?したが、これを見事に裏切っている。
ウイルス検査を積極的にしていないから感染者数が低いのだと言われても仕方がないが、死亡者数の少なさは欧米及び韓国からも半ば羨望の目で見られている。
もちろん爆発寸前の時限爆弾である可能性は高い。ただ「楽天的性善説」に見える日本の防疫アプローチだが、ウイルス性疾患ワクチンを戦後処方されてきた高齢者が多いことや、国民皆保険制度の充実、手洗い・おしぼりに代表される清潔習慣等もその一助となっていることを忘れてはならない。
シンガポール型がいいか?日本型がいいか?もう暫らくで答えが出るだろう。

| 20.03.27

昭南島

シンガポールの国家遺産庁(NHB)は、湾岸部ベイ・イースト・ガーデンに整備する公園・施設「ファウンダーズ・メモリアル」の設計に関する国際コンペで、日本の隈研吾建築都市設計事務所が選出されたと発表した。
ファウンダーズ・メモリアルは第2次世界大戦後のシンガポール建国者らの功績を記念する施設で、公園と展示施設から成る。昨年の段階でコンペの最終候補には、隈研吾以外に地元シンガポールのDPアーキテクツ、上海から8DGEデザイン、オーストラリアからコックス・アーキテクチャーとジョンソン・ピルトン・ウォーカーの5者が残っていた。
そうした中、線形の構造を際立たせた緑あふれるコンセプトで、審査員全員一致で隈研吾氏が選ばれた。リー・ツーヤン審査委員長は「単独の建造物以上のもの。建国に当たった指導者の価値、精神を体現している。建築物と景観が一体化しており、訪問者にはいろんな発見がある」と評したという。
彼の作品の素晴らしさもさることながら、第2次世界大戦時の侵略国であった日本から選ばれたことに、シンガポールの懐の深さを感じさせる。
1942年2月15日、シンガポールは日本軍によって国名を「昭南島」に変えさせられた屈辱の歴史を持つ。その際、日本軍の山下将軍とイギリス連合軍パーシバル将軍が明け渡し交渉を行った旧フォード工場跡には、戦争博物館として「旧フォード工場記念館」(Memories at Old Ford Factory)が存在している。
2年前に改装され、施設名も「昭南ギャラリー」( Syonan Gallery: War and its Legacies)に変更された。しかし「昭南」という名前は日本占領下の痛ましい記憶を呼び起こすと、わずか1週間で「日本の占領を生き抜いて:戦争とその遺産」(Surviving the Japanese Occupation: War and its Legacies)という名称にスピード変更されたばかりでもある。
シンガポールが「昭南島」として日本軍の支配下におかれた約3年半は、“暗黒の時代” と呼ばれているが、一方で、シンガポールの新しいリーダーが別の評価をしていることも知っておくべきかもしれない。
シンガポール第2代首相ゴー・チョクトンは、「日本軍により欧米のアジア支配は粉砕された。これはアジアに自信を与え、大戦後15年以内にアジアの植民地はすべて解放された」と語った。
フランス第18代大統領シャルル・ド・ゴールは過去に、「シンガポール陥落は白人植民地主義の歴史に終焉をもたらした」と、日本の蛮行を呑み込んだ上でこれを評価している。
今回の隈研吾の功績は、シンガポール建国の偉人たちを称えるメモリアルのデザインを、こうした両国の過去の歴史を乗り越える未来志向により、隈が実力で勝ち取ったことだろう。

| 20.03.20

空気の底

手塚治虫の傑作短編シリーズ『空気の底 オリジナル版』が、2月21日に立東舎から発売された。作品が発表されてから50年余りも経過しているにも拘らず、見事に現代を切り取っていることに驚かされる。テーマが全く色あせていないのだ。
『空気の底』シリーズは、1968年から70年に『プレイコミック』誌に掲載された。SF、サスペンス、ホラーなどさまざまな手法を駆使して、人間たちの過酷な運命を描いた短編シリーズだ。
手塚治虫はこの頃40代初めで、いちばん辛い時期に作った作品ともいわれている。「空気の底=地球の表面」にへばりつき、私利私欲にまみれて生きる人間の業の深さと救いのなさ。それを経済発展の最中に、人間世界の矛盾を突きつつ「不条理」とは何かを描いている。
50年後の日本が、未だに米中露の戦略的拡大主義の狭間で、木の葉のように翻弄されていることを既に予想をしていたかの様だ。
タイトルにも使われた『ふたりは空気の底に』をちょっと紹介してみると、『水槽の中に毒を入れられたグッピーは、そこから逃げることができず、死を待つしかない。人類がそのような状況に陥ったとき、残された男女が取った行動は… 19××年、多発性核ミサイルの発射によって世界中に致死量のプルトニウムがばらまかれる。酸素、食糧、娯楽など生きていくうえで必要なものが供給されるユニット・カプセルがあって、そこに残された一組の男女がカプセルの中で成長していく。おそらく、地球に残された最後のカップルだろう。二人は、カプセル内の生活で十分に幸福だったが、あるとき外の世界を表現した映像に心惹かれ、外へ出てしまう。プルトニウムに汚染された空気の底で、二人は愛し合いながら死んでいく.....』
ここで描かれる光景は、「火の鳥 未来編」で山之辺マサトがひとり取り残される核戦争後の世界に通じる。
一方、時を同じくして2月27日発売の漫画誌「モーニング」に、人工知能(AI)に過去の手塚作品を学習させて生み出した新作漫画、「ぱいどん」前編が掲載されている。
「TEZUKA2020」というプロジェクトは、手塚の遺した膨大な作品をビッグデータ化し、今話題のキオクシア社の高速・大容量フラッシュメモリと先進のAI技術を駆使して、30年ぶりにAIに手塚作品を作らせようというものだ。
結果は、残念ながら現在のAIロボットには限界があることを知ることとなり、あくまでも人間とAIがコラボして描きだした作品というレベルだった。
AIが人間になれないとしたら、それは「不条理」を認識できないからだろう。

| 20.03.13

テレワーク・オリンピック2020

2月25日、広告代理店電通の東京本社勤務の社員に新型コロナウイルスの陽性反応が確認された。翌日、電通は全社員5000人を出勤させずテレワーク勤務に移行すると発表した。
1月後半に、いち早く「全社員の在宅勤務」を発表したのはGMOインターネットグループだったが、電通の決断はその規模故に衝撃が走った。資生堂、メルカリ、日本たばこ、双日、東京都がこれに続き、テレワーク勤務はあっという間に広がった。
厚生労働省が「不要不急の外出を控え、人混みに行くのは止めてほしい」と呼びかけた結果、最も危険度が高いのが「満員電車での朝の通勤」だということに多くの企業が気づき始めたのだ。
テレワークとは、ITを利用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことだ。働く場所によって、自宅利用型テレワーク(在宅勤務)、モバイルワーク、施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務など)の3つに分けられる。今回は、非常時対策として半強制的「在宅勤務」が実施されたのだ。
オリンピックの開催は未だに危ぶまれているが、IOCの出す結論にビクビクするよりも、先駆けて日本からテレワークによる「デジタル・オリンピック2020」を仕掛けてみてはどうだろうか。
全ての競技を無観客化した上で、選手には徹底した健康管理を義務付けて事前検査での陰性を条件に出場させる。観客の代わりにTVカメラの台数を増やし、全て8K化して送信用通信網も5Gを前提とする。8Kテレビの政府主導販売キャンペーンを張り、人々は払い戻されたチケット代で最新の映像技術による臨場感あふれる素晴らしいオリンピックを自宅で観戦する。TV購入によってGDPの下振れも防ぎ、一挙両得だ。
学校教育の現場も、休校ではなくテレワーク授業の実験という考え方に移行してはどうだろう?給食もデリバリーで継続する。
平成29年度テレワーク人口調査で、政府が掲げるテレワークの目標は2020年に15.4%だったようだが、これを一気に50%超にすれば世界最先端の普及率となるチャンスだ。
2012年、ロンドン五輪による交通の混雑を避けるため、ロンドン市内の企業の約8割がテレワークを導入したのを受け、総務省も東京大会の開会式にあたる7月24日を「テレワーク・デイ」とすべく推進してきた。想定外のコロナ騒動をきっかけに業務を根本からガラッと見直すことで、その日を待たずに日本を世界最先端のテレワーク国家に変貌させる。
新型コロナウイルス禍は、これまで未経験の深刻な問題であるが、平時では中々できなかった日本社会の急速な構造変革を実現させる “黒船”として大いに利用してはどうだろう。

| 20.03.06

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