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家守(やもり)の家

東京でバイトしながら漫画を描いていた年収200万円以下の貧乏漫画家つるけんたろうさんが、尾道移住生活をまとめたコミック「0円で空き家をもらって東京脱出!」(朝日新聞出版)が話題になっている。彼は友人の勧めで広島・尾道へ移住し、尾道の坂の上にある築80年の洋風古民家の空き家を0円でもらい受け(ただし譲渡・登記等で20数万円は支払う)、自分で修理して住み始めた。このところ彼のように尾道に移住してくる若者が増えている。
尾道は、瀬戸内を代表する風光明媚な町だ。かつて尾道水道(瀬戸内海)に面した港町として栄え、商人たちが社寺を寄進すると共に見晴らしの良い山手地区に別荘を構えるなど、石畳の階段と坂道が連なる豊かな独自の風景が育まれてきた。2015年春には、文化庁「日本遺産」の最初の認定地にも選ばれているが、一方で長らく空き家問題に悩んできた。特に昔ながらの地区には500軒以上の空き家があるそうだ。そうした中、旧住民と移住者を繋ぎ、物件探しから定住支援まで移住希望者たちを強力にサポートしているのが、「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」(http://www.onomichisaisei.com/)だ。会員数は200人を超え、今までに山手地区を中心に100軒余りの空き家を再生し、ゲストハウス事業で地元に雇用を生み出している。接道がなく、車が入れず、建て替えもできない古い物件は通常の不動産市場では価値がつかないが、自分たちの手で空間づくり・場所づくりを楽しめる。また移住者と旧住民の互いに「顔が見えている」関係もまちの暮らしやすさになって、若者たちを引きつけているようだ。
ドイツ・ライプツィヒの、歴史的価値を持ちながら人口流出によって大量の空き家を抱えている地区でも、市内の空き家の所有者と使用者の仲介を目的として活動している「市民団体ハウスハルテンHausHalten e.V.」(http://www.haushalten.org/)が、希望者に空間を使ってもらうことで空間を保全するプロジェクトを進めている。その一つが「家守の家」で、通常5年の期限付きで空き家を使用希望者に格安で貸し出すプログラムは地区を再生した。
若い世代が自分の場所を求めて都会から地方へ移動していく流れが生まれている中、「移り住む人」が「住んで守る人(家守)」になっていくのだろう。この流れはもはや世界的な趨勢だ。

| 15.08.28

Workcation

米国で「Work(仕事)」と「Vacation(休暇)」を合わせた「Workcation(ワーケーション)」と呼ばれる働きかたを認める会社が増えている。これは、社員が休暇中に旅行滞在先などから仕事をすることを認めるというもので、この期間はれっきとした勤務日として給与が支払われる。主に勤務の時間や場所の融通が利きやすいIT系の企業で取り入れられている。これまでも在宅勤務やリモートオフィスという考えはあったが、更にその自由度を増したものだ。
今年発表された米国人の休暇に関しての調査 Skiftの「travel habits of Americans」(http://skift.com/2015/01/05/travel-habits-of-americans-41-percent-didnt-take-any-vacation-days-in-2014/#)によると、米国企業は「Vacation(休暇)」の定義が曖昧になる中で、「Workcation」をソリューションとして新たな働きかたを提案しているという。
企業の休暇に対する考えが変われば、当然社員の働き方も変わってくる。例えばオーストラリア人旅行者は、北海道にスキーに来ると最低1ヶ月は滞在するというデータがある。タイ・プーケット島に来るスウェーデン人、ロシア人、英国人も滞在は平均1ヶ月を超える。避寒に来るから1週間で帰る気はない、世界の休暇の取り方は既に大きく変わっているのだ。これからは「Workcation」に対応していないと、そうした長期滞在インバウンド観光客を失うことになるのだろう。日本的統計的ものの見方では分かりづらいが、先進国の休暇はもはや旅行ではなく「ミニ移住」と捉えるのが正しいのだろう。ホテル業界で、複数のベッドルームやリビングを備えたビラ型ホテル、コンドミニアムホテルなど、レジデンス仕様のブランドが世界的に増加している背景には、その様な「ミニ移住」状況がある。
現在日本の観光産業は、爆発的に増加する中国人観光客を追いかけるだけで精一杯だ。しかし、一方で滞在施設をミニ移住型にしていかないと、次に来る移住型観光客を失うことになる。大切なのはインバウンド数よりむしろ、それに日数を掛けた延べ滞在日数と、落とすお金の総額であろう。
「ミニ移住」顧客に対しレジデンス仕様の部屋を増やし、「Workcation」対応のネット環境「Remotus」や「Sqwiggle」などが使えるようにWiFi回線の速度を上げ、託児施設などを充実させて、あたかも自宅にいるが如く生活できるアコモデーションがトレンドになる日も近い。しかしまだ国交省の役人や大手ディベロッパー、ホテル観光産業にその危機感は見られない。日本の観光産業はこのままオリンピックを迎えてしまうのだろうか?

| 15.08.19

食産プレミア

まとまりそうでまとまらないTPP交渉だが、農業生産者にとっては心配が尽きないだろう。しかし見方を変えると、日本の農業生産者ほどマーケットとの繋がりを持つことの強みを感じる人達はいないのではないだろうか?
ひとつには、最近人気の「ふるさと納税」だ。故郷や自分の応援したい自治体に個人が2000円を越える寄付をすると、住民税のおよそ2割程度が所得税から還付、住民税から控除される制度だ。更にはその地域の特産品が寄付額の半分相当送られてくるものが多く、納税者の大きな楽しみになっている。また、寄付者が町への定住に関心を示したり、特産品を新たに購入するなど、寄付額以上の効果も出ているようだ。ふるさと納税のポータルサイト「ふるさとチョイス」(http://www.furusato-tax.jp/)も人気を集めている。一方特産品などの特典を設けていない自治体は、見込まれた住民税が減るところも出ているらしいが・・・??
そしてまた、雑誌のおまけに旬の野菜や米、魚介類が付いてくる“食べ物付き情報誌”という新しいスタイルがうけている。岩手県花巻市のNPO法人東北開墾の『食べる通信』が全国に先駆けて実施した。始まりは、2013年7月に創刊された月刊誌『東北食べる通信』2,580円(http://taberu.me/tohoku/)。代表の高橋博之氏は「生産者の熱意や苦労を伝え、適正価格での販売を応援したい」と語り、生産者と消費者がもっとつながる仕組みとして実践している。おまけの産品に限りが在るため現在約350人が空き待ちだそうだが、発行する地域も『四国食べる通信』ほか、加賀・能登、兵庫と13地域に広がり、伊豆、薩摩、奈良などが創刊準備中、更には漁協を含め60の地域・団体が情報誌の発行を希望していると言い、その勢いは止まらない。
都会の消費マーケットは、地方とつながりたい人、作っている人に会ってみたい人、生産者の話を聞きながら農業体験をしてみたい人と、食の生産者とつながりたいニーズが盛り上がってきている。東日本大震災以降、農家と直接つながりを持っておくことの大切さに気づいた人も増えた。これらの動きは国産品の安全性と共に海外の消費者からも評価をうけて、日本の農業の強みにつながっている。
日本のTPP交渉は、強いと思われている工業製品よりも、むしろ産地との“つながり”という大きなプレミアムを付け得る農産物の方が、意外に強い産業なのではないだろうか?農業関係者はTPP交渉を過剰に恐れることはないだろう。

| 15.08.07

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