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安曇族

世界中のリゾートの概念をすっかり変えセレブリティやジェットセッターをくぎ付けにした「アマンリゾート」の創業者エイドリアン・ザッカは、3月1日に新しい旅館ブランド「Azumi Setoda」を瀬戸内海の島々を結ぶ「しまなみ海道」生口島の瀬戸田港に開業した。
「Azumi」は、紀元前4世紀ごろ中国大陸や朝鮮半島から海を渡り6世紀の中頃までに現在の北九州あるいは南九州や四国に到着した、日本人のルーツの一つとされる「安曇族」から来ている。
「安曇族」は中国や朝鮮半島との交易を担い海神である綿津見命を祖とする地祇系氏族で、九州北部に本拠地を置く古代日本を代表する有力氏族だった。後に瀬戸内海から近畿を廻り北上して長野県安曇野に住みついたことで有名だ。全国各地に散らばったその拠点には、渥美半島、熱海、阿積、安曇、厚見、厚海などがある。
「安曇族」が行き来した弥生から古墳時代にかけての北九州は、ツングースや越人をはじめとする中国系の民族だけでなく世界各地から渡海してきた人が移り住んだり交易で訪れたりして、正に「人種のるつぼ」状態だったと思われる。
そのため「安曇族」には国境や国籍という概念がない。倭人、韓人、漢人という区分けすらはっきりせず、中国沿岸から朝鮮半島、日本列島を股にかけ、対馬海峡や玄界灘を我が庭のように暮らした。まさにグローバルな「倭人」であったのだ。
当時玄界灘を通って東に向かう瀬戸内海航路は日本列島の交通体系の大動脈であり、大宰府と難波津の二つの拠点を結ぶ主要な航路だった。平城京が成立すると、シルクロードの極東の航路として中国・朝鮮への使節(遣唐使・遣新羅使)が難波津から出航し大いに賑わった。
歴史は下り、江戸・明治期の瀬戸田周辺は、北前船が北海道、樺太から日本海を南下し若狭、対馬を経て大阪難波津へ至る一大貿易航路の中継点として栄えた。
「Azumi Setoda」は塩田業を営んで財を成した豪商堀内氏の築140年の邸宅を、躯体は残し美しく再生している。現在ではもうに手に入らない手の込んだ梁の透かし彫りや障子部分を残しながら、客室棟は畳のない日本家屋として新築されている。
コンセプトは「世界を渡ってきた旅人を、北前船の豪商の主人が、まるで自分の旧知の友のように丁重にもてなす」だという。そこに、プライバシーを確保できる場所であること、地域との共感を生む豊かさを最優先に追求すること、が加わる。
「Azumi」は、現代の安曇族とも言うべきエイドリアン・ザッカの“DNA”そのものをブランド名としたのだ。市場調査だけで作られるチェーンホテルとは違う。

| 21.03.26

アンダーコントロール

最近人口1万8千人のパラオ共和国で、全部で9機しかないATMのうち8機が故障したそうだ。故障は以前から度々あったためか予想の範囲内で、パニックにはならなかった。
はからずも日本では某メガバンク約6000台のATMの80%にトラブルが発生、ほとんど同じタイミングでATMから現金が出てこないという事態に見舞われた。日本の場合「ATMにキャッシュカードが吸い込まれる」とは誰も考えておらず大騒ぎになってしまった。
パラオのATMトラブルは離島小国ならではの事情もある。直せるエンジニアは1000キロ以上離れたお隣のグアムにしかいない、しかも故障したATMのうち2機は紙幣不足での停止だ。元々自国通貨を持たずUSドルを使うパラオは、通貨も米国からの輸入品。戦前は日本円を使っていた国だ。新型コロナの影響で観光客はゼロ、帰国する外国人がドル紙幣を持ち帰ってしまったことが痛い。パラオのATMの故障は、ある意味国民が状況を把握しているアンダーコントロール下で起きたと言えるだろう。一種のあきらめ感が漂う。
翻って日本の某メガバンクの場合はどうだろう?勘定元帳を20年間合併前の状況で運用していたのに統合完了と発表していた。しかも何故かメガバンク相互のATM利用網から外されていた中、決算月末の事故だ。さらには4月からPayPay銀行とLINE新銀行の2つを抱えることになっているのだ。これだけのATM停止が予備情報もなく突然起こっては誰でもパニックになるであろう。情報隠蔽による人災である点がパラオと異なる。
今回のATMトラブルに限らず、このところ日本において大組織の隠蔽体質による機能不全が多く見られることが心配だ。
例えば「聖火リレーも危ぶまれるオリンピック開催は誰のため?」「検査数分母を知らせない新型コロナ陽性者数は誰が決めている?」「ワクチン担当大臣を別に置くなら厚労大臣の仕事とは?」、誰も答えずに国会は続く。
「福島原発の燃料デブリは地中にあるのか?」「原発解体で東京電力は100年安泰?」「メガバンク統合と言いながら20年以上も社長を交互に出す?」を放置することの無礼。
「接待規約を厳密に適用すると課長以上が全員いなくなる霞が関」のモラルの欠如。これら政府による不誠実な隠蔽体質は枚挙にいとまがない。利益と保身のためなら何でもやるのか?
これら全てに共通するのはトップの情報開示への勇気と信念の欠如だ。「全てアンダーコントロールだ」と開き直った首相もいたが、念仏のように「専門家に聞いて決めたい」と言い続ける現役も問題。
専門家とは誰のこと?「AIに聞いて決めます」の方がまだマシだ。

| 21.03.19

電力の質

ボストンコンサルティンググループ(BCG)は今年1月、「世界の電動車(xEV)シェアが2030年に51%へ、日本は2030年に55%、ハイブリッド車は引き続きシェアを維持」という調査結果を発表した。
日本は電気自動車の開発が遅れていると言われるが、それはバッテリー型電気自動車(BEV)だけを見た場合で、ハイブリッド型(HEV)を含む電動車(xEV)のシェアでは意外にも世界をリードしている。しかしどれだけxEVのシェアが高くても、温暖化ガスの排出を減らした質の高い電力供給がなければ最終的には意味がない。
福島原発の事故前は全国で54基が稼働していた原発大国日本だが、10年で稼働はわずか4基のみという原子力比率(6%)の低い国となった。結果、一時的に電力供給を化石燃料に頼る発電後進国となってしまったが、原発からの撤退では世界から評価される国に位置付けられている。皮肉なものだ。
日本のエネルギー政策「エネルギー基本計画(エネ基)」では、2030年の電力供給の27%を天然ガス、次いで石炭26%、原子力20~22%、石油3%、そして再生可能エネルギー22~24%としていた。
ところが国際エネルギー機関(IEA )のMonthly Electricity Statisticsによると、2020年上期で日本の再生可能エネルギー比率は23%に達し、2030年度目標を10年も早くクリアしたようだ。
そして今年予定されている「エネ基」の改訂では、2030年の自然エネルギー比率をIEAの世界目標を大きく上回る30%以上に引き上げ、「電力の質」の向上にも挑戦するらしい。
そうなると日本の残された課題は、石炭火力発電26%への依存度を如何に下げるかである。英国は2025年までに、ドイツも2038年までに全廃を表明している。
各国の「電力の質」と共に、人口当たりの電力消費量も重要な指標だ。IEAの2018年のデータによると、意外なことに再生エネルギー発電100%のアイスランドが、実は一人当たりの電力消費量(MWh)では57.4MWhと突出して高い。2位はノルウェーの28.1でカナダ17.9、スウェーデン16.5と続く。人口が少なく再生可能エネルギーに恵まれた国は、逆に電力効率の悪いインフラを未だに使っているとも言える。
日本は8.3でフランスの8.6、ドイツの7.9と並ぶ。これは米国の13.2や台湾の12.7、韓国の11.1と比べ低い数字だ。2011年に日本を襲った強制的電力危機?は、消エネ技術開発が進むことに繋がった。
日本には福島第一原発事故の教訓から、「電力の質」の向上と効率的電力消費の両面で世界をリードすることが望まれる。しかし皮肉にも地球上のエネルギー資源は、元をただせば全て「太陽」という巨大な核融合炉が作っていることも現実だ。

| 21.03.12

多言語対応

国交省が平成26年(2014)にまとめた「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」に基づいて、道路交通標識の「止まれ」の文字の下に「STOP」と英語を併記した新しいデザインが全国各地で順次導入されている。東京五輪開催までに新しい「グローバル表記」へと変換する計画だそうだ。
「多言語対応」が日本語と世界共通語である英語の「グローバル表記」を意味するのなら分かりやすいが、どうも日本の「おもてなし」はそれを「多言語で表記すること」と取り違えているようだ。
首都圏の鉄道、例えば東急東横線などは、日本語、英語、中国語、韓国語で案内表示しアナウンスもしている。JR新大久保駅に至っては何と24ヶ国語でアナウンス、と常軌を逸している。
銀座の交番には、タガログ語やタイ語、中国語はご丁寧に簡体字と繁体字の案内が用意されている。しかし日本に住む外国人のコメント「変な文法の自国語より英語で十分ですよ!」は的確で説得力がある。目的は正確に伝えることなのだから。
一方似たような状況は、明治維新後の北海道にもあった。開拓を担った屯田兵の連絡会議で各地の出身者が話し合おうとすると、日本人同士なのに全く言葉が通じず会議にならなかったと記録されている。それがきっかけで北海道では標準語教育が重んじられ、東京に次いで普及が早かったそうだ。
朝鮮民族(韓民族)によるDPRK(北朝鮮)や大韓民国、モンゴル民族によるモンゴル国などは、民族と国家が一致しているので言語のルーツがしっかりしている。それに対して多様な移民によって成立した多民族国家日本では、日本語の表現は柔軟で曖昧さが残る。
例えば「厠(かわや)」を表す言葉だけでも日本語には数多く存在する。手洗、化粧室、ご不浄、便所、それに加えて英語由来のトイレ、WC。「RESTROOM」や「BATHROOM」「LAVATORY」も通用する、と実に多彩だ。
そもそも日本人は複数の民族間の混血であるため特定の民族意識が希薄だ。そして長く外来文化の「いいとこ取り」をしてきたことで、外来語や外国語表記に対して寛容だ。
最近デジタル庁ができたが、明治時代の屯田兵会議の混乱を想起する。漢字で書かれた氏名さえ「フリガナ」なしには登録できず、例外が多い「日本語」を使ってデータベースを作るという気の遠くなるような作業に直面するはずだ。国交省が推進する「多言語対応の強化」はデジタル庁を更に苦しめるだろう。
漢字を当て字に使い、それに「フリガナ」をふって読み込ませデータベース化する。「多言語対応」の意味を「おもてなし(忖度)」と取り違えても許さざるを得ないのかもしれない。

| 21.03.05

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