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ハンムラビ法典

4月1日にシリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館がイスラエル軍によって空爆された。イランの高官7名が死亡したことを考えると、その後のイランの報復は自制の効いたものだったと言えよう。イランは13日夜から14日にかけて、1500km離れたイスラエル領内に無人機300機による攻撃を実施。イスラエルの反撃次第では国対国の交戦に発展する恐れのある直接攻撃で、イスラム組織ハマスなど非国家組織からの攻撃とは次元が異なるものだった。最高指導者ハメネイ師は「イスラエルは罰せられなければならない」と宣言したが、事前にイスラエルを支持する米国に対し大規模な紛争拡大を招かない形で報復する旨を伝達していた。
イランの行動規範はメソポタミア文明の叡智「ハンムラビ法典」に示される「目には目を、歯には歯を」という有名な同害同復に源を発している。これは受けた損害以上の復讐はしないという意味も含む、報復の連鎖を防ぐ知恵で、弱者救済と社会正義の確立を強調している点に特徴がある。今回の報復劇の背景にも「ハンムラビ法典」があるようだ。
それに対しイスラエルのネタニエフ首相の発言は自尊心だけが目立つ軽薄なものに聞こえた。「イスラエル軍のミサイル迎撃は完璧だった。イランの無人機の99%を撃墜し死者はなかった」と胸を張ったのだ。しかしこれはイランが米国にイスラエルを援護するに十分な2週間の迎撃準備の猶予を与え、わざとスピードの遅い弾道ミサイルを多用したという大人の対応のお陰だ。世界中の識者がイランの深慮遠謀を知ることになった。
「東西文明のゆりかご」とも称されるチグリス・ユーフラテス川に挟まれたメソポタミアの地は、現在のトルコからシリア、イランへと続き、紀元前18世紀にバビロニア(イラク南部)を併合したハンムラビ王が、東西交易を生業とする遊牧民の安全保障のための知恵を書き示した「ハンムラビ法典」で有名である。現代のイランもこのメソポタミアの地で中央アジア、ロシア、インド亜大陸、トルコ、アラブ諸国に囲まれるなど15カ国と国境を接しており、それらの地域をつなぐ交易で栄える大国だ。
「常軌を逸した危険な国家イラン」とは、7世紀以降イスラム化したイランを理解できない西側のキリスト教社会が使う常套句だが、昨今はむしろイスラエルのシオニストに対して使う方が適切だろう。
日本を含む西側社会は古代オリエントの正当な継承者であるイランをただ脅威と捉えるのではなく、「ハンムラビ法典」を生んだメソポタミア文明に学ぶことが多いのではないだろうか。

| 24.04.19

通訳

大谷翔平がやっとホームランを打ち始めた。今回の水原一平騒動で調子が狂うことを心配していた日米のファンもホッとしたに違いない。ドジャースから追放された水原一平は、しかし「通訳」としては超一級だったようだ。大谷をネイティブと錯覚させる?ぐらい、ウィットに富んだやり取りを媒介できる逸材だったという記者が多い。
昨年のWBCの優勝のインタビューで、元レッドソックスのDevic Ortizfが、大谷がヤンキースのMikeTrout選手に投げた球について「Why you gotta get so nasty on him?」直訳だと「なぜ彼にそんな意地悪をしたんだ?」と質問したところ、それを水原は「なんであんなエグい球を投げたんですか?」と訳した。スラングを巧みに使い、咄嗟に絶妙な意訳をしたのだ。彼が過去6年以上にわたって大谷の信任を得てきた背景には、このたぐい稀な“通訳センス”があったのだろう。
大谷のアメリカ生活のアドバイザーでもあった水原が、生活全般をサポートする必要から単なる通訳を超える存在だったとしても不思議はない。金銭に無頓着な大谷が水原に頼り切り、スキが生じたのも分かる気がする。果たして今回の事件はどのような結末を迎えるのだろうか。
大リーガーだけでなく海外で活躍する日本人の英語力の無さはかなり特殊かもしれない。特に心配なのが合同軍事演習での兵士間コミュニケーションであろう。最近は日米韓のみならず、日米豪比と共同作戦が拡大してきている。今月7日には「海上共同活動(MCA)」と称した自衛隊と各国軍の共同訓練が、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内で初めて実施された。南シナ海で中国に対して“連携”して対峙する姿勢を示し抑止を図る狙いのようだが、「通訳」を米軍に頼って演習に参加する自衛隊の姿には不安しかない。
自衛隊幹部には通訳を必要としない英語力を持ち合わせている人も多い。しかし共同訓練の現場での自衛官を見るとあまり英語が得意とは言えないようだ。外国人兵士とコミュニケーションが取れない自衛隊員たちは、実戦になったら烏合の衆だ。
米豪比の兵士は自国の方言や訛りがあっても基本的に英語に不自由はない。激戦に巻き込まれればいちいち通訳を介している余裕などないはずで、4カ国合同演習の最大のリスクが日本の自衛隊員のための通訳だと言われるようなことだけは避けたい。
グローバル時代の今、外交、スポーツ、軍事、全ての異文化の接点で通訳のレベルが国力を左右する時代が来ているのだ。片言の直訳だけでは、自衛隊員は永遠に同盟軍の一兵卒を抜け出せない。

| 24.04.12

冒険家遺伝子

3月15日から上映され話題の長編アニメ映画、イルミネーション・エンターテイメントの最新作『FLY!/フライ!』の原題「MIGRATION」は、広い意味での「移住・移民・移り住むこと」を指し、動物にも使われる。本作は越冬のために移住するカモの一家を描いた作品で、渡り鳥が生まれながら持つ「冒険家遺伝子」に突き動かされて、苦労しながら自由を求めて新天地を目指すというストーリーだ。
外敵と出会わないように小さな池でおとなしく暮らすことが幸せだと考えていたカモ一家が、たまたま出会った移動途中の渡り鳥に触発され、一念発起してはるか南のジャマイカを目指す旅に出る。今いる世界から飛び立つことを恐れ、あれこれと理由を並べて居心地のいい場所を離れようとしない父親のマックと、未知の世界への憧れと冒険心が抑えられない息子のダックスの2羽が、新たな出会いと初めての体験で気づけば冒険の虜になっていく。
邦題には「勇気を出して新しい世界へ飛べ!」というメッセージが込められているのだろうが、「フライ!」では余りにも薄っぺら、邦題をつける意味があったのだろうか?ところでヒトには5種類のドーパミン受容体が確認されていて、このうちの突然変異型遺伝子(DRD4-7R)を別名「冒険家遺伝子」というそうだ。これを人類の5人に1人が持っていていつも冒険したいと思っているとか。
カリフォルニア大学の社会行動学者Chaunsheng Chen氏は、「人類の起源とされるアフリカ・タンザニア付近からより長い距離を移動して来た祖先を持つ人ほどDRD4-7Rを保有している可能性が高い」と発表している。より良いものを求めて行動する欲求や衝動の強さが移動した距離に現れているというのは面白い。
この遺伝子を持つ人は「新しいもの好き」で、リスクを惜しまず様々な新しいものにチャレンジするそうだ。英語で「Wanderlust gene」とも言われ、この世に存在するものの多くは、この遺伝子を持った先人たちがグレートジャーニー(民族大移動)をし続けたことによって創り出され存在するのではないかと考えられている。
そう考えると、極東の日本はアフリカから最も長い移動をしてきた人々の子孫の国だ。人類が行き着いた果ての地「日本」が、世界一豊富な食材で作られた料理を美味しく食べられる国だというのも納得がいく?
悪名高き日本の政治家が裏金を作ってせっせと星付き料亭に仲間と通うのも、この「冒険家遺伝子」故なのだろうか。

| 24.04.05

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