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匂いアクチュエーター

ソニーGは「匂いの素」を手軽に制御するテンソルバルブテクノロジーを開発、匂いを提示することが出来る装置を2023年春にも発売すると10月5日に発表した。
生まれ変わったソニーGのテーマは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす!」。これまで取り組んできたのは主に視覚と聴覚の領域で臭覚の世界は手付かずとなっていたが、今回匂いに関する技術革新をテーマに加えることで、新たな価値創出を目指すようだ。
香りと食文化の研究者渡辺昌宏氏が数年前、香りをテーマにした取材でVR上のバレンシア大聖堂を取り上げていた。讃美歌が流れるシーンでは教会内で焚かれる乳香の香りが噴霧され、参加者が実際に乳香を感じられるようになっていたそうだ。アンケートで大半の人が「香りを感じたことで、完全に聖堂内に入っている気分になった」と語っていたのが印象的だ。
その頃から匂いはVRでの没入感の向上に大いに影響すると分かっていたが、匂いの再現は、視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚という五感の中で最も定量化・デジタル化が難しい、ともされてきた。
今回ソニーGが臭覚活用のために開発したテンソルバルブテクノロジーは、匂いの素とその容器を開閉するアクチュエーターで構成され、アレイ上に連なる40種の臭素成分を含むカートリッジを即時に切り替え、通風で被験者に届けるというもの。空気に匂いの素で印刷するイメージだ。認知症やアルツハイマー病などの症状の検知にも大いに役に立つそうだ。
米国のスタートアップ企業Feelreal社も、VRヘッドセットに匂いや触感を追加する多感覚VRデバイス「Feelreal」を付加する開発を進めている。複数種の匂いをつくり出すことが可能なアロマジェネレーターは、交換可能なカートリッジから成り立つ。カートリッジにはそれぞれ異なる匂いが封入され、その数全255種。一度にセットできるカートリッジは9個までで、組み合わせはユーザーが選択できるとのことだ。
ソニーGが発表したテンソルバルブ装置は匂い生成装置を実現する上で必要な技術を確立し、この分野で大きなブレークスルーを成し遂げたといえそうだ。
視覚と聴覚に臭覚が加わったことで、メタバースもよりリアルになって来た。アルツハイマー型認知症の患者も、「匂いアクチュエーター」でサポートされたメタバースの中で忘れかけていた記憶を取り戻せるかもしれない。

| 22.10.28

ゲップ税

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は10月11日の定例記者会見で、世界気候変動対策のため家畜のゲップやおならによるメタンガス排出に対して農家に「ゲップ税」を課税する方針を発表した。カーボンニュートラル絡みのギャグかと思われたが、どうやら本気のようだ。
昨年11月にスコットランド・グラスゴーで開かれたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)で、米国をはじめEUや日本など100以上の国が2030年までにメタンガス排出量を2020年比で少なくとも30%削減することで合意したが、これを受けての対応とのこと。もちろん農業従事者団体は激しく反撥しているという。
今年に入って4月7日に米国海洋大気局(NOAA)が、2021年の世界のメタンガス排出増加量が過去最高となる見通しを発表、メタンガスが及ぼす気候変動に警鐘を鳴らした。
世界が知るべきは、メタンガス排出量には石油や天然ガス生産・使用からの漏出などのエネルギー部門と、家畜の消化管内発酵(いわゆるゲップ)などの農業部門があり、それぞれ約4割を占めるということだ。
ニュージーランドの人口は約500万人と少ないが、家畜や食肉の輸出大国で、国内の畜牛は約1000万頭、ヒツジは約2600万頭と人口をはるかに上回る。同国のメタンガス総排出量の半分は農業が占め、その91%は家畜由来のメタンガスである。そしてゲップで排出されるメタンガスには二酸化炭素の数十倍を超す温室効果がある言われるため、一見自然豊かなニュージーランドやオーストラリアは、実は温室効果ガスの排出では世界ランキング上位国なのだ。
アメリカの人気レシピサイト「epicurious」も昨年、気候変動への懸念から牛肉を使った新しいレシピ公開を止めると発表した。牛肉料理よりも持続可能な食事を促すため、牛肉を使った新規レシピの掲載や記事、ソーシャルメディアの投稿はなくす方向だという。肉食大国アメリカですら食べ方に大きな変化が起きている。
最近アメリカのインテリ層ではImpossible Foods社などのプラントベースミート(代替肉)への関心が高まっている。バーガーキングでも代替肉パティを使った「Impossible Whopper」を全国展開しているほどだ。
家畜のゲップ排出でも圧倒的な大国であるアメリカと中国が、農業部門のメタンガス排出規制にいつ踏み込むのか?本丸はこの2カ国だ。

| 22.10.21

町中華

テレビ朝日の「ザワつく!金曜日」で、お客さんの注文は何でも作る中華料理店が紹介されていた。いわゆる「町中華」の話だ。
「町中華」とは戦後満州から引揚げてきた日本人の料理自慢が、日本人に合うようにアレンジした中国風料理のことだ。中華丼や天津飯などは日本発祥のメニューで餃子も焼餃子、本国で食べられている水餃子ではない。これらは中国料理ではなく“中華料理”と呼ばれた。
例外はあるものの「町中華」のルーツは明治27年の日清戦争(1894年)頃まで遡り、近代日本の中国大陸進出と無縁ではない。満洲国の建国(1931年)から1945年の敗戦まで、大勢の日本人が中国東北部に入植し敗戦で引揚げると共に、戦後の日本の食文化に大きな影響を与えたのだ。
仕事がなかった外地からの引揚者が、全国各地で見よう見まねの中国“風”料理店を始めたとしても不思議はない。その後永らく「町中華」は昭和を引きずる中国風料理店として、町で独自の地位を築いてきたのだ。経済成長まっしぐらの世のサラリーマンにとって、安くて美味しくてボリュームがあり、近所で気軽に通える第二の家庭料理のような存在だ。「町中華」には「おいしいに違いない」と思える安心感がある。
番組で取り上げた東京文京区にある「長崎 雲仙楼」は、1979年創業の第二世代「町中華」だ。お客さんが注文すればたとえメニューになくても、それが中華料理ですらなくても作ってくれるという。今では400種を超えるメニューを持つ「町中華」の王様だ。
現在の事業者数が分かる統計はないが、「町中華」全盛期(1970~80年代)と比べ数は減っているものの、創業30年以下の店はほとんどない。ただ店主の多くが二代目60~70歳代で閉店の危機に瀕している。
一方で「町中華」という言葉が最近では1つの食ジャンルとして認知され、サンヨー食品からは「THE町中華」シリーズとして名店の味を再現したカップ麺が出た。冠番組やWebサイトも存在するなど、ラーメン屋でもない独立したジャンルを確立しているのだ。
『夕陽に赤い町中華』などの著書を持ち、研究グループ「町中華探検隊」の隊長も務める北尾トロが唱えるのが「町中華=ライブハウス理論」だ。 「厨房がステージで、カウンターはアリーナ。客は厨房内で繰り広げられるパフォーマンスを楽しむサポーター」だとか??
個性的だからこそ引き継ぐことが難しい「町中華」は、日本の中国大陸進出の裏面史のようなものなのか。経済成長の失われた30年が「町中華」にレトロな爛熟期?をもたらしている。

| 22.10.14

デジタルノマド

「デジタルノマド」が世界中で増殖している。PCやiPadなどのデジタルデバイスを駆使して場所を問わずリモートで仕事をし、ノマド(遊牧民)といわれるだけあってIT環境さえあれば好きなところに居場所を変えて働く。
本コラムでも2017年に「トランスヒューマン」http://www.artbox.co.jp/news/2017/03/post_254.html
としてジャック・アタリが提唱した「超ノマド」を取り上げたが、現代の「デジタルノマド」はそれが更に一般化し、世界を放浪?しながら暮らすスタイルが定着してきたことを示している。その数はこの3年間で3倍に増加、2035年には10億人に達すると予想される。
米国シンクタンクのピュー・リサーチ・センターの「在宅勤務の増加など勤務形態の変化に関する世論調査」よると、米国で現在リモートワークをしている人のうち、新型コロナ終息後にも在宅勤務を希望する人の割合は60%。2020年10月の調査結果が54%だから、1年で6ポイントの増加だ。結果、米国で2021年に「デジタルノマド」として生活する人は約1500万人となり平均年齢は32歳、そして「デジタルノマド」ライフを希望する予備軍は約2400万人いるとされる。
一方「デジタルノマド」を国策で後押しする国も増えている。中でも興味深い取り組みが、特別な滞在ビザの発給だ。世界で多くの国と地域が「デジタルノマド」を奪い合っている中、長期滞在ビザの提供による経済効果は大きい。ネット環境が整ってさえいればどこででも仕事ができるデジタルノマドは、長期滞在型のホテルや民泊アコモデーションのヘビーユーザーになるからだ。
デジタルノマド用に特別ビザを用意している国は現在およそ45カ国だが、その数は更に増加している。例えばドイツは観光滞在で90日以内はビザ不要だが、出身国での収入証明書と健康保険があれば、リモートワークが可能な6カ月から最大3年間のデジタルノマドビザが発給される。
ポルトガルでは大西洋の真珠とも呼ばれるマデイラ諸島やポルトサント島にノマドライフのためのコミュニティーまであり、積極的に「デジタルノマド」を呼び込もうとしている。
2017年のジャック・アタリの指摘通り、未だに日本はこれらの取り組みが遅い。相変わらず観光インバウンドの人数を増やすことばかり考えているようだが、実質滞在日数が長い「デジタルノマド」を恐れているのか。

| 22.10.07

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