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君(くん)づけ

日本初の女性首相誕生は、現代社会の女性たちにとっては力強く象徴的出来事だろう。長らく男性が支配してきた家父長制的な日本社会に加え、親から後援会など地盤を引き継ぐ「二世議員」が多い中で、サラリーマン家庭から自らの意思と努力でその座についた女性首相に、ガラスの天井を破っていく期待感と注目度が高まるのは当然とも言える。

そうした中、国会中継の視聴率が上がっている。高市首相への関心の高まりか、より多くの人が彼女の国会での一挙手一投足を注視しているのだろう。質問する国会議員の有能・無能も同時に可視化されて良い意味での緊張感が出ている。そして今回の衆院予算委員会での最大の変化は、予算委員長が野党を代表して立憲民主党の枝野幸男となり、これまでの閣僚や国会議員を男女問わずに「君(くん)づけ」で呼ぶ慣例を今の時代に則していないとして、「内閣総理大臣高市早苗さん」「総務大臣林芳正さん」などと「さんづけ」で指名したことだろう。これも高市効果の一つだ。

国会では明治 23 年に議員を「君づけ」で呼ぶ慣習が始まったと聞く。初代内閣総理大臣であり松下村塾出身の伊藤博文が、議会で発言者を「○○くん」と呼んだことが始まりだそうだ。松下村塾では身分や出自、年齢に関係なく意見を言い合える場を作ろうと、吉田松陰がその理念の元、生徒を区別なく「君づけ」で呼んだそうだ。爾来「君」は対等な議論を生む呼称として使われ、約 135 年を経た現代の国会でもそれを用いていたが、流石に国民も何だか変だと感じていたのでは?

現代の日常生活での「君づけ」は、指示対象のジェンダーに応じて使い分けられるように変化し、最近は「君」には相手を見下しているように受け取られるリスクがあった。そうした認識から、現在学校では性別による区別無くすべての児童・生徒を「さん」で統一する動きが一般的だ。吉田松陰の理念下での「君」の意味あいは、現代では「さん」に変化していたのだ。

昨今では「君」や「ちゃん」の呼称がハラスメントの土壌にもなりうると認識され始め、職場で下手に使おうものなら時代錯誤だとバッシングの対象にすらなるようだ。

古くは天皇や主人を指す極めて高貴な存在への敬称だった「殿」や「様」も「君(くん)(きみ)」同様に、現代社会での使用に際しては細心の注意が必要なのか。

国会で「君づけ」が廃止されたことは日本社会の構造的変化の象徴だろう。その意味で女性首相誕生は大いに意味があったと言えそうだ。

| 25.11.28

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