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無意識の日本

2017年のノーベル文学賞に長崎市出身の日系イギリス人、カズオ・イシグロが選ばれた。授賞理由は「心を揺さぶる力を持った小説を通じ、私たちが世界とつながっているという偽りの感覚の下に深淵(the abyss beneath our illusory sense of connection with the world)があることを明らかにした」というものだった。
受賞後イシグロは、「物語の語り方によっては、人種や階級や民族性といったバリアを超えられるはずだと、僕は常に信じてきた」と語った。異なる文化背景を持った人々の間で、どこまで互いの多様性を理解し合えるのか?その為に払わなくてはならない努力とは何か?行間に流れる一貫した理念と意志力、そしてインテリジェンスが評価されたのだと感じる。
彼の作品は当然ながら全て英語で書かれている、しかも相当に端正な英語で。日本を題材にした『遠い山なみの光』などは独自の日本文学英訳へのチャレンジのようであり、最新作『忘れられた巨人』ではわざと「変わった英語」をつくり上げようとしてきたのだそうだ。英語での表現への挑戦を常に考えている姿勢がある。
因みにこれまでのノーベル文学賞受賞作品の執筆は、英語29、フランス語15、ドイツ語13、スペイン語11、スウェーデン語7、ロシア語・イタリア語6、ポーランド語4、デンマーク語・ノルウェー語3、中国語・日本語・ギリシャ語2、と英国及びヨーロッパ圏の言語が多く、またスウェーデン王立アカデミーが選ぶためスカンジナビア圏受賞者が多い。そんな中、中国と日本は健闘していると言えるだろう。
イシグロは、「私は英国育ちだが、物の見方や芸術的な感性はやはり日本が影響している」と語っている。しかし、英メディア(https://www.bbc.com/news/amp/entertainment-arts-41513246)の一連の報道を見ると、イシグロが日本生まれであること、初期の小説で日本あるいは日本人を扱っているという指摘はあるものの、その文学性と「日本」あるいは「日本人」を特に紐付けはしていない。あくまでも「無意識の日本を感じさせる英国人の作家」がノーベル文学賞を受賞した、という認識だ。
グローバル社会でいかなる言語環境においても生き残る日本的精神、或いは日本的なものにこそ日本の真実がある。グローバル化の過程で伝わらなくなるものは絶滅危惧種的文化であることを知る時代が来たということだろう。
無意識の日本を感じさせる英国人カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞したことは、何度も取れると言って取れない日本人の作家が受賞するより遙かに価値があるのではないだろうか。

| 17.10.13

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